始まりの景色

子育て・仕事・最近の活動など。気ままに、気ままに。

ファンドレイジング研修「信頼のコミュニケーション基礎編」に参加して

ファンドレイジング・スクールでは、6カテゴリーにあたる研修を、スクール期間中に受講する必要があります。

  1. 収益事業
  2. 企業・行政連携
  3. 評価
  4. 組織管理
  5. 会計・税務・法務・リスク管理
  6. コミュニケーション強化  

この「6.コミュニケーション強化」の研修に参加しました。

2018年5月19日(土)、午前に続く午後の研修です。

午前の研修記録はこちら↓

ファンドレイジング研修「もったいないを寄付につなげ仲間を増やすファンドレイジング」に参加して - 始まりの景色

 

午前の研修、ファンドレイジングスクールの同期の方がちらほら。せっかくなので一緒にランチに行きました。近くの中華料理屋へ。

レバニラ定食を食べました。

その後のことを考えずに・・・

 

午後のテーマは「信頼のコミュニケーション基礎編~『あなただから、大切なお金を託したい 』と言われるファンドレイザーになるために~」。

講師は浅井美絵さん。日本では珍しいフリーランスファンドレイザーとして活躍されている方です。

 

コミュニケーション、特にラポール・スキルの修得に特化。基礎の基礎から教えていただきました。

ラポールとは

言語学,心理学用語。主として2人の人の間にある相互信頼の関係。すなわち,「心が通い合っている」「どんなことでも打明けられる」「言ったことが十分に理解される」と感じられる関係。 

 引用元:コトバンク

信頼とは人間性・振る舞い・感覚など目に見えないものに対する期待。双方的で未来への期待感が込められています。その信頼関係を作り出すための4スキルは以下のとおり。

  1. キャリブレーション・・・姿勢・動作・表情・呼吸・声などを観察し、相手の状態に気づく
  2. ページング・・・相手の話し方・価値観・感情に合わせる
  3. ミラーリング・・・相手の身振りや動作を合わせる
  4. バックトラッキング・・・相手の話した「事実」「感情」を反復する、相手の話を要約し、確認する

論より証拠。とにかく実践、実践!と、いくつもワークをしました。

レバニラ定食を食べてから歯磨きをしたのですが、自分の口が何となくニンニク臭い・・・なかなかワークに集中できませんでした。 

 ひととおりのスキルワークをしたら、次はロールプレイング。一人がお客様、一人がNGO職員となり、それぞれに課題が与えられます。3分間経過し、無事に寄付をいただく、という関係が築けたのは、約20ペア中、1〜2組程度。私は"落とし所"に気づくことができずタイムアウトしてしまいました。

浅井さんの「まずは自分への信頼が必要です。自分自身が迷ってしまい、自信なく振舞っていたら、他人からの信頼は得られません。」という言葉が印象的でした。

最後に、共感と傾聴、アクティブリスニングについて。アクティブリスニングの3つのポイント。

  • 相手をとても大切な人として扱い、興味・関心を持って話を聞く。
  • 否定・批判・反論をしない。自分の意見や考えは、いったん横に置いておく。
  • 相手がどんな気持ちや考え(価値観)で話をしているか、汲み取りながら聞く。

これは自分がいつも思っている「その人と意見が合わないからといって、人間性まで否定しない」に通じるものがあるなぁ、と思って聞いていました。

研修時間は3時間ありましたが、あっと言う間にすぎてしまいました。もうちょっとワークをしたかった・・・と名残惜しいほど。

 

今回の気づき。

「この人と話していると楽しい!」という人は、ラポール・スキルのある人。無意識にできる人もいれば、練習が必要な人もいる。自分も練習を通じて無意識にできるよう心がけよう。

あと、コミュニケーション系のワークの前にはニンニク料理は食べない方が良い。

 

信頼のコミュニケーション基礎編~「あなただから、大切なお金を託したい」 と言われるファンドレイザーになるために~ | イベント・研修・スクール | 日本ファンドレイジング協会

 

ファンドレイジング研修「もったいないを寄付につなげ仲間を増やすファンドレイジング」に参加して

2018年5月19日(土)午前、ファンドレイジング選択研修に参加しました。

 

テーマは「もったいないを寄付につなげ仲間を増やすファンドレイジング」。

講師は上嶋佑樹さん。特定非営利活動法人シャプラニール=市民による海外協力の会

で、渉外と「ステナイ生活」の担当をされています。

 

今回は、シャプラニールの物品寄付「ステナイ生活」の事例をお話いただきました。2013年度から2017年度の5年間で物品寄付額が2.7倍となり、2017年度には6400万円を超える収入に。まずはその収入額に会場がどよめきました。

物品寄付とは使用済のものや不要になった物を寄付してもらう支援のこと。受け取った物品をそのまま使用することで支援活動を行う場合と、受け取った団体で換金して支援活動を行う場合があります。

今回は、受け取った団体で換金するケースでした。

集めている主なものは、はがき・切手・貴金属・商品券・本・CD・カートリッジ・家電など。

今回、初めて知ったのは、集めた本はブックオフに売り、売れた金額がシャプラニールへの寄付となるだけでなく、別途ブックオフコーポレーション株式会社から売れた金額の10%が上乗せされて寄付されているとのこと。

へぇ・・・と思い、ブックオフのサイトを調べてみました。

www.bookoffonline.co.jp

提携団体は約40件。提携団体が多くなってくると、選ぶのに時間がかかってしまいそうです。

同様に、家電はecofaに売ると、売れた金額の10%が上乗せされて、寄付される、とのこと。こちらのサイトも掲載。

kaitori.ecofa.jp

こちらの提携団体はまだ4件なので、寄付先を選ぶのにはそれほど時間がかからなそう。

さて。

物品寄付のメリットとデメリットをグループで考え、発表しました。

【メリット】(主なもの)

  • 寄付への心理的ハードルが低い。
  • 人を巻き込みやすい。
  • 子どもでも取り組みやすい。教育効果がある。
  • 寄付者は身の回りの不用品を処分できる(断捨離できる)。
  • 通常の寄付では団体を知る→共感する→寄付をする、の流れだが、物品の場合は共感する→寄付をする→団体を知る、の流れとなることがある。寄付してからその団体への関心を深めることができる。

【デメリット】(主なもの)

  • 管理の手間がかかる(場所・仕分けなど)。
  • 換金までに時間がかかる。
  • 寄付者データ入力に時間がかかる。
  • 物品によっては寄付金額0円、またはマイナス(廃棄コスト)となってしまうことも。

こうしたメリットとデメリットを踏まえ、物品寄付を集める場合には、事前に「集める物品」「換金方法・換金先」「送料負担」「仕分けボランディアの確保」などを決めておくべきとのことでした。

支援者へのアプローチは、チラシ・ポスター・webに加え、「時期に合ったプレスリリース」がありました。例えば、郵便料金が値上げになるニュースが出ている頃に"「あなたのはがきが、だれかのために。」キャンペーン"のプレスリリースをしたところ、多くのメディアに取り上げていただけた、とのこと。時節や時事ニュースに応じて、より多くの人々にリーチする、素晴らしい戦略だと思いました。

仕分け作業に欠かせないボランティアへの関わりについても、しっかりと実践されている良い事例を教えていただきました。

 

最後に、今回の気づき。

物品寄付は比較的取り組みやすい寄付活動である。ただし「人手」を必要とする。その「人手」も含めての設計が成功の鍵となる。

 

もったいないを寄付につなげ仲間を増やすファンドレイジング | イベント・研修・スクール | 日本ファンドレイジング協会

見つけた!

GWに昔を懐かしんで書いた旅行シリーズ、実は書き終わってから心残りがあった。

 

あの日の旅行日記〜イタリア"貧乏"旅行(3) - 始まりの景色

での、アカデミア美術館を訪問した時のこと。

何かの小説で「ミケランジェロの未完の作品は、そこから出てこようとする人の息吹が感じられる」といった件があり、印象に残っていたから。 

 この「何かの小説」が何だっけ・・・「深夜特急」だった気がするけど、自信がなくて書けなかった。

やっぱりはっきりさせよう、と「深夜特急6」をKindleで購入。

読み進めると・・・あった!!

それはまるで男が大理石に囚われているようだった。男は苦しげに顔を歪ませ、体をよじっている。四肢を震わせ、大声を上げ、大理石の桎梏から今まさに脱け出さんとしているかのようでもある。 

 

深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン (新潮文庫)

深夜特急〈6〉南ヨーロッパ・ロンドン (新潮文庫)

 

 

自分の記憶力の曖昧さと表現力のなさの恥ずかしさを上回る感動を得られた。

 

FRSゼミ:リーダーズセッション「コレクティブインパクトの実践とは」に出席して

2018年5月13日(日)、入学式に続き、さっそく最初の授業が行われました。

リーダーズセッションは「コレクティブインパクトの実践とは」。

講師は深尾昌峰さん。龍谷大学政策学部教授公共財団法人 京都地域創造基金 理事長、一般社団法人 全国コミュニティ財団協会 会長、株式会社 PLUS SOCIAL 代表取締役プラスソーシャルインベストメント株式会社 代表取締役会長を務めています。

 

コレクティブ・インパクトとは、立場の異なる組織(行政、企業、NPO、財団、有志団体など)が、組織の壁を越えてお互いの強みを出し合い社会的課題の解決を目指すアプローチのこと。
2011年、John KaniaとMark KramaerがSSIR(Stanford Social Innovation Review)で発表した論文”Collective Impact”で定義された言葉であり、個別アプローチにするだけでは解決できなかった社会的課題を解決する新たな試みとして発表された。

 引用元

Collective Impact(コレクティブ・インパクト) | グローバル・エンゲージメント・イニシアチブ

 

この「社会的課題を解決する試み」として紹介されたのが、コミュニティ財団、そして「東近江モデル」と呼ばれる東近江市での成果連動型補助金制度でした。

深尾さんが「お金がない訳ではない。お金が地方から出ていってしまう、そのお金の回り方が問題で、それを解決できる方法を模索している」と話したことが印象的でした。

自治体のガバナンス改革での、「従来の補助金政策は補助金を"正しく使う"ことに労力がかかりすぎている一方、成果につながっていない。」という言葉は大きく頷きながら聞きました。

深尾さんが提案した「社会的投資型」の補助金制度。「出資者を募り、その出資金が事業者にいく。成果が出たら、行政から補助金が執行され、出資者に償還される」という成果連動型の補助金です。試行したところ、出資した市民が事業に関心をもち、事業者は出資者のために成果を挙げる努力をし、行政は"政策アウトカム"を意識するようになった・・・と、三方良しの関係性が構築できた、とのこと。

「社会的インパクト投資」について、以前、本を読んだ時には、最初から最後まではてなマーク連続だった私。

インパクト投資」は教育や福祉などの社会的な課題の解決を図ると共に、経済的な利益を追求する投資行動です。

引用元

インパクト投資とは:Japan Impact Investment Taskforce / G8インパクト投資タスクフォース 日本国内諮問委員会

 

今回、具体的な事例を丁寧に説明いただいたお陰で、理解が随分深まりました。

ゼミの冒頭。ファシリテーターの鵜尾さん(日本ファンドレイジング協会 代表理事)から、「一つの質問、一つの提案、を意識して話を聞いてください」とのご指示がありました。「一つの質問」は、あまり苦労せず見つけることができました。「一つの提案」の方が難しい。今回は事前課題がなかったこともあり、自分の準備不足が情けないところ。次回は事前課題の時点で用意しないとなぁ・・・と思いました。

ダイアログの時間。

車座になり、参加者からの質問を講師が答える、質疑応答形式でした。

そこで印象に残ったことは、箇条書きに。

  • 寄付金活動の意義の一つに「課題の認知」がある。例えば、ドメスティックバイオレンス・引きこもり・犯罪被害など。課題が課題として捉えられない段階から捉えられるようになるプロセスそのものに意義がある。
  • 高齢化の問題があるコミュニティは「何のためにそのコミュニティが必要か」(存在目的)を考える必要がある。そして、お金を集めて何をするか=どういう事業をするかが問われる。
  • 大学の場合。資金運用をしているのであれば、その運用先(投資先)から社会貢献をできる。例えば、立地、教育の延長線上で有意義な活動をしている、など。または、教育資源そのものを有効活用することも。

最後に、今回の気づき。

ファンドレイジングとは、単なる資金集めではなく、社会的な課題を周知し、解決するための事業を計画し、その事業を実現するための資金を確保する、一連の社会を変える活動そのものである。

 

ファンドレイジング・スクール | 日本ファンドレイジング協会

 

 

 

ファンドレイジング・スクールに入学しました

12月に受験して得た資格、准認定ファンドレイザー。

そのときの記事はこちら。

izmy2009.hatenablog.com

 

その後、体系的に学びたいと思うようになりました。

スクールの日程を見たところ、開催期間は5月〜12月とのこと。

なんと・・・今の仕事の繁忙期とは重ならない!*\(^o^)/*

残る懸念事項は費用対効果。

3月に参加したファンドレイジングの大会、ファンドレイジング日本2018で、スクール生の方と何人かお話を聞かせていただきました。

そのときにとある方から、「受講するかしないかで迷っているなら、受講した方が絶対良いよ」との言葉に後押しされ、申し込みをすることに。

スクールの申し込みにあたっては審査があり、エッセイを書かなくてはなりません。

3月繁忙期と重なる中でエッセイを書くのは辛かった・・・

書類を送ってから合否判定が来るまでは気が気ではありませんでしたが、無事に通り、受講料を納入してこの日を迎えました。

 

ファンドレイジング・スクールは、3年目。3期生になりました。

同期は27人。業種はNPOで働く方、一般企業で働く方、大学で働く方、フリーで働く方、職種もコンサルタントの方、PRの方、SEの方・・・と多種多様。

 

これから8ヶ月間は、ファンドレイジングに集中して取り組みたいと思います!

具体的に、やること。

・受講した研修については「気づき」をブログにアップする

・本を読んでブクログにアップする

・関わった団体について調べてアップする

というわけで、今年はブログを頻繁にアップしようと思います。

 

 

 

 

あの日の旅行日記〜イタリア"貧乏"旅行(5)

あの日の旅行日記〜イタリア"貧乏"旅行(4) - 始まりの景色

の続き。

イタリア旅行の話をするとき、いつも話してしまうエピソード。

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[写真:ヴィンチ村の風景]

 

ヴィンチ村でレオナルド・ダ・ヴィンチの生家を見て、バスが18時すぎに最終便が出るため、その時間に合わせてバス停に戻った。

最終便の10分以上前には到着していたと思う。

バス停で時間を見て、間に合ったことを確認していた。

なのに・・・バスが来ない。予定時刻より10分たっても来ない。

イタリアとはいえ、こんなに時間にルーズなの!?と思いながら待っていると、バス停目の前のお店(カフェというかバルというか)から、おじさんが出て来て、イタリア語で「バスは来ないよ」というようなことを話しかけてきた。

え、ずっとバスを待っていたのに・・・と戸惑っていると、別のおじさんが出て来て「この子達はずっと待ってたんだ、俺は知ってるんだ!」というようなことを言って口論が始まってしまった。

いや、あの・・・と困惑していると、最初に話しかけてきたおじさんが「お嬢さんたち・・・ヒッチハイクでもするんだな」とばかり、親指を立てた。

貧乏旅行につき最小限の現金しか持っていない。どこかに泊まったりタクシーに乗る選択肢はなかった。

もう私たちには・・・ヒッチハイクしかない・・・と、村から出ることにした。

お祭りで屋台が出て、人で賑わっていた。

いつの間にか村の入口から車両通行禁止になっていたようだ。

こんな日に・・・と恨めしく思いながら、幹線道路を2人でトボトボと歩いた。

車が通ると親指を立てた。何台もの車が通り過ぎていった。泣けてきた。

ガソリンスタンドが見えた。「ここで声をかけてみない?」とたまたま給油している夫婦に声をかけた。「悪いけど・・・」と首を振られてしまった。

日が暮れてきた。絶望的な思いで、何台も通り過ぎる車を見ていたとき。

一台の車がキキーっと止まってくれた!

中から出てきたのは・・・人相の良くないおじさん2人組。「どうしたの?」「エンポリまで・・・」「乗せてあげるよ」「グラッツェ!」

おじさん2人組の車はオンボロで、前部のドアは手で押さえていないと開いてしまう有様だった。「えーっと、チャイナ?」「ノー!ジャパニーズ」と答えた。

「本当はどこまで?」「フィレンツェです」「俺たちもフィレンツェに戻るところだから、このまま送ってあげるよ」「グラッツェ!」

調子よく話してしまった私を諭すかのように、Nちゃんがボソッと言った。

「私たち、このまま車に乗ってて大丈夫かな・・・」

「大丈夫だと思ってつい喋っちゃったんだけど・・・ごめん・・・」

後部座席でボソボソ話していると、察したドライバーのおじさんが「これ、俺の身分証明書」とわざわざ見せてくれた。「あ、どうも・・・」

気まずい雰囲気になっていたところ、助手席のおじさんがカンツォーネを歌い出した。

この歌は・・・「帰れソレントへ」だ!

イタリア語をほとんど話せないが、ここは盛り上げないと・・・!!と思い、歌い終わったおじさんに「ブラーボ!マエストロ!!」と拍手しながら褒めちぎった。「よ、日本一!」のノリで。

おじさんは「こんなに褒められたのは初めてだ・・・」といたく感激し、「じゃあ、次は!」と、この後、フィレンツェに着くまで延々とカンツォーネを歌ってくれた。

お陰で道中は賑やかだった。

フィレンツェ中央駅に到着した。

Nちゃんが、「私たちはもう・・・フレンドですね!」「え?フレンド?(英語がわからない)」「あ、アミー!」「あ、アミー!」と最後に記念撮影をした。

几帳面なNちゃんは、「写真を送りますから!」と2人の住所をメモ用紙に書いてもらった。

無事に生還した・・・と安堵した。

1997年7月28日(月)・29日(火)

強烈な旅行の記憶ができて、どう帰ったのか全く覚えていない・・・

記録によると、再び12時間以上かけて、列車でフィレンツェからそれぞれの街、ブレーメンオスナブリュックへ戻った。

今度はお金のある時に旅行しよう・・・と強く思った。

 

あの日の旅行日記〜イタリア"貧乏"旅行(4)

あの日の旅行日記〜イタリア"貧乏"旅行(3) - 始まりの景色

の続き。

1997年7月27日(日)

また大量に蚊に刺され、不快な状態で目が覚めた。

目を覚ますと、Nちゃんが沈んだ顔をしている。

「私・・・せっかくイタリアに来たんだから、スパゲッティも食べたい!」

そうだよね・・・連日、朝・夕食はパンのみ、昼はサラダかサンドイッチしか食べていなかった。「今日のお昼はスパゲッティにしよう」と2人で話した。

今日はフィレンツェからの小旅行。

列車でピサへ。

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[写真:ピサの斜塔]

ピサの斜塔は工事中で、入場できなかった。

記念写真を撮り、ランチは近くのレストランでスパゲティを食べた。

昼過ぎに次の目的地、ヴィンチ村へ。

ヴィンチ村に行くことにしたのは、Nちゃんのリクエストだった。

イタリア行きの車内で、Nちゃんがどこからか入手した写真を見せてくれて「私、トスカーナの田園風景が見たい。ヴィンチ村はレオナルド・ダ・ヴィンチの故郷なんだって。」と教えてくれた。ピサとフィレンツェの中間にあるエンポリという駅で降りれば行けることがわかり、エンポリに向かった。

エンポリの駅からはバスに乗ることに。バス停で時刻表を調べたら、1日3便くらいしかない。最初のヴィンチ村行きのバスが発車するまで1時間くらい。駅で往復のバスチケットを買い、のんびり待ってバスに乗り込んだ。

バスの車内は空いていた。「ヴィンチまで9km」という看板を見かけた。村が近づいて来たら、お祭りが行われるようだった。

ヴィンチ村でまず「レオナルド・ダ・ヴィンチ博物館」へ。

レオナルド・ダ・ヴィンチの発明品の模型が多く展示されていた。

まだ時間があったので、生家を見に行くことに。「ここから離れているし、そんなに面白くもない」という身も蓋もないことを言われつつ、場所を教えてもらい、見に行った。

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[写真:レオナルド・ダ・ヴィンチの生家]

とても質素な家だった。家の中にある説明書きを読んだりして、「じゃあ、戻ろうか」と村の中心地まで戻って行った。

この後、人生最大のピンチが待っていることを思いもしなかった・・・

続きます。