あの日の旅行日記〜ベルリン・プラハ・ドレスデン(4)

あの日の旅行日記〜ベルリン・プラハ・ドレスデン(3) - 始まりの景色

の続き。

1997年5月24日(土)

ドレスデンから再びベルリンへ。

この日は、留学の最初のプログラム、ゲーテ・インスティチュート(ドイツ語学校)で知り合った、Uさん夫妻宅へ。

Uさんは指揮者。音楽の勉強のためにベルリンに留学していた。

奥様とは初対面。にもかかわらず、ニコニコ気さくな方で、話が弾んだ。

「日本からの引っ越しはトン単位で大変だったよ」とUさん。自分と異なり単身ではなくご家族での引っ越しはさぞかし大変だったろうな・・・と察した。

1997年5月25日(日)

この日は朝からベルリンフィルハーモニーの演奏会の当日券を求めて、ベルリンフィルへ。

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[写真:ベルリンフィルハーモニーの前]

当日券で立見席を購入。8マルク。日本円で600円くらい。

安い!頑張って立って鑑賞します!

立見はやはりきつくて途中で座り込んでしまうこともあったが、トライアングルの繊細な音も、ドラムの地響きのような音もよく聞こえ、音楽に疎い自分でも鳥肌が立つような素晴らしい演奏だった。

「良かったねー」「ねー」と大満足で会場を後にした。

次に向かったのは、KPM(ベルリン王立磁器製陶所)のアウトレット。宮殿の陶磁器コーナーで度々見かけた、ドイツの高級陶磁器メーカー。友人のOさんが陶器を扱う仕事をしていて、この旅でも陶磁器コーナーでは解説をしてくれた。

「日本ではマイセンの方が有名だけど、ドイツではKPMはマイセンに並ぶ高級陶磁器として有名なんだよ」

「KPMはとても高級なんだけど、アウトレットでは彩色前の食器を扱っていて、とてもリーズナブルなんだよ」

へええ、そうなんだ。あまり大きくないショップで、さらに「より傷の目立たない食器を探す方法」を伝授してもらった。ホワイトのカップソーサーを2客、購入した。

金額は2客で140マルクだったように思う。日本円で10000円ぐらい。貧乏学生の身からは目が飛び出るような高級品だから、大切に大切に日本まで持って帰ろう、と心に決めた(そして「ドイツの包装は心もとないから、日本に送るときにはさらに自分で厳重に梱包してね」とOさんは教えてくれた)。

ベルリンから、それぞれ、デュッセルドルフオスナブリュックへ帰った。

私は途中でハノーファーで乗り換え。

ベルリンで乗る時から、列車が遅れていた。

乗り継ぎに間に合うのかな・・・途中で心配になり、車掌さんに聞いてみた。

"Kein Problem!"(大丈夫だよ)と笑って教えてくれた。

ああ、良かった・・・とハノーファーに着いたら、乗り換え予定の列車は既に出発していた!

仕方がないので、次の列車まで2時間、ハノーファーの駅で時間を潰した。

旅の最後にドイツの洗礼を受けた。

注:記憶を頼りに書いているため、記憶違いがあると思います。